高嶋ちさ子の母親死去。寝たきりで病気は難病だったとの噂も

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ヴァイオリニストやバラエティ番組の司会進行として見かける、高嶋ちさ子さん

以前の記事では、高嶋さんの旦那さんや子供に関する情報をお送りしてきましたが、今回は亡くなった彼女の母親について見ていきたいと思います。

高嶋ちさ子のプロフィール

まずは、高嶋ちさ子さんのプロフィールから見ていきましょう。

本題に入りたい方はスルーしちゃってください^^

  • 出生名:高嶋知佐子
  • 生年月日:1968年8月24日
  • 出身地:東京都
  • 学歴:イェール大学音楽学部大学院修士課程
  • 職業:ヴァイオリニスト
  • 活動期間:1994年~

幼少期からヴァイオリンを始め、海外の大学に渡って暫くの間は楽団に所属、1996年にソロデビューされます。

現在の活動拠点は日本であり、テレビでも見かける事がよくあります。

さばさばした性格や歯に衣着せぬ毒舌キャラとしても有名です笑。

彼女の性格は子供の頃からだったらしく、「悪魔の申し子」というあだ名が付けられていたほどです笑

私生活では、ソニーグループの一族の男性(イケメン)と結婚され、2人の息子さんを設けて順風満帆な生活を送られています。

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高嶋ちさ子の母親は高嶋薫子

出典:高嶋ちさ子の母親が死去!寝たきりだった病名や病気は何?

高嶋ちさ子さんのお母様は高嶋薫子(たかしまかおるこ)さんというそうです。

上の写真に写っている、一番手前の方です。

母親・薫子さんの職業はピアニストだったようです。

また、ピアノ教室の講師もつとめていらっしゃいました。

その影響もあってか、高嶋ちさ子さんも、5歳の頃からピアノを習い始めることになります。

やはり、音楽一家に生まれると、その影響を受けて育ちますよね!

ですが、楽譜を覚えられなかったためか、「あなたには才能がない」と、わずか2か月余りで辞めさせられてしまいました。

かなりストレートな宣告ですね(笑)。

ですが、その後は音楽に道で活躍されていますので、やはり音楽の才能はあったようですね!

因みに、高嶋ちさ子さんは「デビル」という愛称で知られていますが、これは彼女がとても短気なことに由来します。

そして、この短気な性格は彼女のお母さんに似たんだそうです(笑)。

母・薫子の名言に学ぶ!高嶋ちさ子が受けた「親を尊敬しない」教育とは

出典:高嶋ちさ子の母親が難病で寝たきり?病気の病名は?

高嶋薫子さんが子供たちにした教育は、世間の人から見ると一風風変わりなものだったようです。

高嶋ちさ子さん母・薫子さんから受けた教育というのは、一言で言うと、

「親を尊敬しない教育」

というものだそうです。

薫子さんは、ちさ子さんに対して「親を尊敬するな」と言って育ててきたという話がテレビで明かされています。

その理由は、親を尊敬すると親を超えることが出来ないから、ということだそうです。

『<ママってすごい。パパってすごい>と思っていると、いつまでたってもすごい存在だから(越せない)。1日でも早くパパを越してママを越せ』って言われていた」

引用:「親を尊敬するな」高嶋ちさ子が亡き母から受けた教育

日本では「親は尊敬するべき」という価値観が横行していますが、実際それでは子供の成長を止めてしまうだけだというのが、高嶋薫子さんの教えだったようです。

これは大いに納得できますよね。

そもそも「親を尊敬するべき」というのは、親自身が「自分の子供がいつまでも自分より下の存在だと思って優越感に浸りたい」という目的で使われてる言葉である場合もあります。

薫子さんは、真に子供の為を思っているからこそ「親を尊敬するな」という教育をしていたのでしょう。

厳しいですが、子供に対する愛情を感じられます。

そんな薫子さん、子育ての中でこんな名言も残されています。

「『いい人』だと言われたら他に褒めるところがないことだと思え」
「孝行したい時に親はなし…今でしょ!」
「稼ぐやつには貧乏なし」
「人を見たら泥棒と思え」

引用:https://www.fnn.jp

かなり過激な発言もありますが、思わず頷いてしまうような部分もありますね。

「いい人」という言葉についての名言なんて、本当にその通りですw

因みに現在は高嶋ちさ子さんは結婚してお子さんもいらっしゃるのですが、薫子さんはちさ子さんに対して、

「自分に甘く他人に厳しい」

と評していて、

「ゆったりとした寛大な心で子育てをしてほしい」

と願っていたようです。

出典:高嶋ちさ子が魔裟斗と刺し違え?”明日は我がミーティング”での発言の真相とは!【動画あり】

ちさ子さんが大人になってからも、薫子さんの厳しい姿勢は変わっていないようですね^^

実は高嶋ちさ子さん、過去に息子が勉強をそっちのけでゲームをしていた時、罰としてゲーム機をバキバキに壊してしまった事件があります。

この事件はネット上ではちょっとした炎上騒ぎになったようで、恐らくそういったちさ子さんの教育方針に向けられて言った事なのでしょう。

ぐうの音も出ない正論ですね。

ただ、ちさ子さんが短気なのは、母親である薫子さんに似たのだと思うのですが笑。

【衝撃】母・薫子、ダウン症の姉の面倒を見させるために高嶋ちさ子を産んでいたと発言

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高嶋ちさ子さんは、母・薫子さんから英才教育を受けて育ちましたが、その背景には彼女の姉の存在があったようです。

高嶋ちさ子さんには、未知子さんというダウン症の姉がいらっしゃいます。

そして、薫子さんがちさ子さんを産んだ目的は、自分たちが亡くなった後に未知子さんの面倒を見させるためだったそうです。

薫子さんは幼少期から、そのことをちさ子さんに繰り返し伝えていたといいます。

また、薫子さん、はちさ子さんが結婚するときは未知子さんと一緒に行くことになるので、肩身が狭くならないように金を稼げるようにしておけと言われ、これがバイオリンを始めるきっかけになったそうです。

これについてはネット上では、

  • 高嶋ちさ子さんに文句がないならそれでいいと思う
  • 自分が子供の立場だったらここまではっきり言われたくない

と、賛否両論の意見がありました。

ですが、高嶋ちさ子さんは薫子さんからは愛情を注がれていたようで、ちさ子さんがイェール大学に入学し、初めての海外生活で不安な思いをされている間も、娘さんのことを心配して手紙を送り続けていたようです。

また、高嶋ちさ子さんは薫子さんから言われたことについては全くショックと捉えておらず、そのようなことを言われて傷つくような間柄でもなかったと、お互いに信頼関係があったことを語っていました。

お互いに納得されているのであれば、個人的にはとても良い親子だと思いますね^^

2017年8月29日、母親の高嶋薫子が死去【年齢:85歳】

高嶋ちさ子さんの母親・薫子さんは、2017年8月29日にこの世を去っています。

85歳でした。

母の死について、高嶋ちさ子さんはツイッターで以下のように語っています。

現在高嶋ちさ子さんには2人の息子さんやダウン症の姉のことなど、不安な事がたくさんあるため、流石に弱気になっていたようですね。

このツイートに対しては、

  • 「無理なさらずに」
  • 「吐き出せばいいんですよ。溜めこまないで」
  • 「応援しています!」

などの、高嶋さんを気遣う返信が数多く寄せられていました。

母・薫子はずっと寝たきりだった?亡くなる前は地獄だったとのエピソードも

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晩年の母・薫子さんについてですが、どうやら病気で殆ど寝たきりの状態で過ごしていたそうです。

ちさ子さんがブログにも母の逝去について語っています。

「母8月29日に亡くなっちゃったんです。ツアーの直前だったので、誰にも言わず家族で見送りました。平成肉年8月肉日 母らしい日を選びましたね。夜爪を切ると親の死に目に会えないって言うけど、本当に会えませんでした」と告白。

引用:めざクラ

「母が亡くなってからなんだか、母に見張られてる気がして、おちおち怠けたりできません。見張らないで、見守って欲しいです」

引用:めざクラ

自宅でちさ子さんの姉・高嶋未知子さんと父親の2人が母親の介護をされていました。

寝たきりの生活が始まったのは2015年ごろからだと言われており、病院にも月に一回通院されていたとのことです。

闘病生活は2年と6か月で、元々活発な薫子さんにとっては、地獄だとよく言っていたと後にちさ子さんが明かしています。

因みに高嶋ちさ子さんには、姉だけではなく兄もいらっしゃるのですが、月に一回家族全員で集まる機会があり、その時に母親にあっていたそうです。

ちさ子さんの兄は現在シンガポールに在住しているため、積極的に介護に加わる事が出来ないということもあり、当時の高嶋ちさ子さんは色々と不安だった事でしょう。

【難病?】死因の病気の病名は間質性肺炎難病だった

「母親が闘病生活を送っていた」ということからも分かるように、母・薫子さんの死因は病気のようです。

どんな病気だったのかについて調べてみたところ、間質性肺炎だったということが明かされていました。

間質性肺炎というのは、色々な理由で肺胞の壁に炎症が起こったり固くなったりして、ガス交換が上手くできなくなる病気です。

日本では特定疾患(難病)に指定されています。

薫子さんは医師から余命2か月と宣告されたらしく、高嶋さんはその時、「一緒に死のう」と思ったそうです。

薫子さんからは「親を超えるためにも親を尊敬するな」と言われて育てられたちさ子さんですが、ちさ子さんは母親が一緒にいないと生きていけないと思っていたんだそうです。

ちさ子さんにとって親がいかに偉大な存在だったのかが分かりますね。

ご冥福をお祈り申し上げます。

終わりに

以上、高嶋ちさ子さんの母親についてお話しました。

母親が亡くなった後も、彼女はヴァイオリニストとしてコンサートのツアーで活動されています。

母親が亡くなってお辛い事とは思いますが、どうか心身ともに無理せず活躍してほしいですね。

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