可愛かずみと噂のプロ野球選手は誰?遺書で明らかに!?

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1980年代から1990年代に女優として活動されていた可愛かずみさん

彼女は1997年に、32歳という若さでこの世を去っています。

そんな可愛さんの亡くなられた原因として、プロ野球選手の存在があったようですが、どんな出来事があったのでしょうか?

また、遺書も残されていたようなので、そちらの内容も見ていきましょう。

可愛かずみのプロフィール

こちらは可愛かずみさんのプロフィールになります。

本名:久我知子(くがともこ)
生年月日:1964年7月9日
没年月日:1997年5月9日
出身地:東京都杉並区
身長:161㎝
血液型:A型
職業:女優
活動期間:1982年~1997年

高校時出しにスカウトされたことをきっかけに芸能界入りし、1983年の映画『ヘッドフォン・ララバイ』で有名になります。

同時期に歌手としての活動も開始しており、和田アキ子さんからも歌声を絶賛されていました。

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その後は女優としてだけでなく、バラエティタレントとしても活躍しています。

芸能界では、香坂みゆきさん、川上麻衣子さん、岡本かおりさん、森尾由美さんと志村けんさんと特に仲が良かったようです。

特に川上麻衣子さんとはドラマでの共演も多く、親友と言われるほどの仲だったようです。

可愛かずみはプロ野球選手の川崎憲次郎と交際していた!【画像あり】

可愛かずみさんは、1995年に当時プロ野球選手だった川崎憲次郎さんとの交際が発覚しています。

<川崎憲次郎のプロフィール>

名前:川崎憲次郎(かわさき けんじろう)
出身地:大分県佐伯市
生年月日:1971年1月8日
身長180 cm 体重78 kg
職業:野球選手
ヤクルトスワローズ (1989-2000)
中日ドラゴンズ (2001-2004)
コーチ歴:千葉ロッテマリーンズ (2013-2014)

現在は野球選手からは引退されており、現在ではテレビの野球解説者やコーチとして活動されています。

可愛かずみさんと川崎憲次郎さんはどのようにして知り合ったのでしょうか?

川崎憲次郎さんは元々可愛かずみさんの大ファンであり、可愛かずみさんの方が6歳年上だったもののしばらく交際は順調で、川崎憲次郎さんはマスコミの取材に対しても交際を認めていました。

当時の有名女優と有名野球選手のカップルということで、とてもお似合いだったことと思います。

お互いに交際を認めていたということで、世間では2人は結婚間近だと思われていましたが、お二人の熱愛は長くは続きませんでした。

川崎憲次郎との破局で精神が不安定に

お二人の交際は彼氏の川崎憲次郎さんによって終止符が打たれることになります。

しかし、川崎憲次郎さんが故障した頃から可愛かずみさんはすれ違いを起こすようになり、結局「怪我の治療に専念する」という理由によりふたりは破局をしてしまいました。

交際していたのはおそらく1年程度だったと思われ、この失恋は彼女にとってはとてもつらい出来事だったと思われます。

熱愛が発覚した以前にも仕事のストレスで精神的に不安定だったようですが、野球選手・川崎憲次郎と交際していた時期は落ち着いていたと可愛かずみの友人が話しています。

しかし、野球選手・川崎憲次郎との破局、そして1996年3月には志村けんとのツーショット報道もあり、精神的にも肉体的にも疲れ切っていたのでしょう。そして極め付けは大物女優による厳しい罵倒もその原因になっていたようです。そして強力な精神安定剤を常日頃飲んでいたみたいですね。

当時の彼女は精神安定剤を服用してはいましたが、マスコミ報道のストレスによる影響からか、○ストカットによる○殺未遂を繰り返していたそうです。

しかも、かなり強い精神安定剤を服用していたようで、薬を飲んだ日は記憶がなくなるほどだったようです。

非常に不安定は精神状態だったようです。

失恋したことがとてもショックだったのでしょうね。

因みに、可愛さんの親友である川上麻衣子さんが彼女を支えるために同じマンションに住んでいたそうですが、当時の可愛さんは完全に薬物依存状態になっていたようで、支えきれなくなった川上さんはその後別のマンションに引っ越されています。

可愛かずみ、1997年に川崎憲次郎のマンションから飛び降りて他界

可愛かずみさんは川崎憲次郎さんとの破局後、精神安定剤とクリニックのお世話になりながらなんとか暮らしていたそうですが、1997年5月9日に悲劇が起きます。

1997年5月9日の午前中に可愛かずみさんは3度目のリストカットによる自殺未遂をしましたが、病院で手当を受けて食事で出されたドリアも完食していたため周囲の人はひとまず安心していたようです。

しかし可愛かずみさんは午後6時30分頃に留守番をしていた女性に「咳が出るから病院に行く」とだけ言い残して家を後にし、午後7時10分頃に川崎憲次郎さんが住んでいた目黒区駒場にあるマンションの7階から飛び降り自殺を図り自ら命を絶ってしまいました。

可愛かずみさんは新宿にある東京医科大学病院に救急搬送されましたが、午後7時59分に死亡が確認されました。

こちらは当時川崎さんが住んでいたといわれているマンションです。

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可愛さんが飛び降りたといわれている7日には靴と免許証、そして10万円の入った財布が置かれていたということです。

葬儀用のお金だったのでしょうか…。

マンション1階にはコンビニが入っており、自殺現場を目撃した店員によれば可愛かずみさんは白いストライプのシャツを着ていて、死に顔は自殺した人とは思えないほど安らかなものだったようです。

まだ女優として未来があった方が32歳という若さで亡くなられてしまったのは本当にいたたまれないですよね。

ご冥福をお祈りします。

川崎和美、父親あてに遺書を残していた

可愛かずみさんが亡くなった当初は遺書が残されていたという報道はありませんでしたが、彼女の命日から17年たった2014年に、可愛さんが父親の久我竹三郎さんに向けて遺書を残していたことが明らかになります。

父親の久我竹三郎さんは、2014年に放送された「爆報THEフライデー」に出演し、遺書のない世について語っています。

竹三郎さんは同番組で、可愛さんの大親友だった女優・川上麻衣子(48)と久しぶりに対面。川上を前に、「初めて言うんですが、実は私宛のメモ(遺書)があったんです」と打ち明けた。

メモ(遺書)には、「体調と気分が良いので、パパにメモを残します」と記され、メモの大半は、親友の川上のことで埋め尽くされていたという。

「麻衣ちゃんがいてくれたおかげで、楽しかった」「麻衣ちゃんと話してるだけで、楽しかった」

メモの最後には、「パパ 麻衣ちゃんをよろしくね」と書かれていたという。

 竹三郎さんから、可愛さんの最後の言葉を聞かされた川上は、号泣。「かずみちゃんの思いを感じながら生きるしかない」と話した。

川上は、自殺の前日に可愛さんから留守電に「麻衣ちゃん元気?忙しいの?」とメッセージが残っていたこともこの日の番組で明かした。

 可愛さんの通夜で川上は、何度も自殺未遂を起こしていたことを知っていたことを報道陣に打ち明け、「(かずみちゃんは)自殺なんてイヤだよね、って言ってたのに…」と泣き崩れていた。

亡くなる直前まで、親友である川上さんのことを思っていたようですね。

可愛さんの通夜には、川上さんを含む仲の良かった芸能人が出席され、「何故もっと相談に乗れなかったのか」と後悔を語っていたそうです。

父親の竹三郎さんは葬儀について「人生で一番むなしい日」と語っていたそうです。

友人を失った悲しみはもちろんですが、父親として、娘を亡くす以上の悲しみはありませんよね…。

自殺前の可愛かずみには婚約者がいた

実は可愛かずみさん、自殺する前になんと婚約者がいました。

自殺の2カ月後には新恋人との入籍、結婚パーティを予定していた矢先の悲劇だった。

婚約者の男性は自動車販売会社を経営する青年だったとのことです。

婚約者がいたにも関わらず、何故自殺してしまったのかが気になりますね。

自殺の原因は婚約者とのトラブル?それとも川崎憲次郎への未練?

可愛かずみさんが命を絶ってしまった原因としては、薬の服用による影響がよくささやかれています。

強力な精神安定剤を飲んだ結果、意識があいまいになって一線を越えてしまった、ということは考えられます。

しかし、そうなる原因となったのは、おそらく「人間関係」の方にあるのだと思います。

実は、可愛さんは当時の婚約者との間にトラブルがあったという情報がありました。

可愛かずみと親しい関係者からは、可愛かずみが小さなことひとつ決めるのにも、婚約者に何かとクレームをつけられて悩んでいたという情報もあります。薬を飲まないとやってられないほど精神が不安定だった可愛かずみにとってはツライ事だったのかもしれません。

婚約者とは、あまり関係が上手くいっていなかったみたいです。

ただ、個人的には、可愛さんの自殺の直接の原因となったのは「川崎憲次郎さんへの未練」だったのではないかと思います。

遺書には書かれていませんでしたが、未練もなしに川崎さんが住んでいたマンションから飛び降りたりはしないと思います。

もしかすると、恋人だった川崎さんへの未練を断ち切るために無理やり新彼氏と婚約していたのかもしれません。

それでも未練を断ち切れず、精神的に不安定になっていたのではないでしょうか。

可愛さんが亡くなったのは、恋人との破局が大きな原因として考えられますが、志村けんとのツーショットを報道したマスコミなどにも追い詰められてストレスが溜まっていたということも影響しています。

可愛かずみさんの告別式を放送した芸能レポーターが「もうそっとしてあげたいですね」と言っていたことからも、可愛かずみさんがどれだけ芸能界に翻弄されてきたがわかる言葉でしょう。

マスコミや芸能界に追い詰められて命を絶つような芸能人がいなくなってほしいと切に願います。

以上、可愛かずみさんについてでした。

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